ゲーム「アリス」 時計兎達との出会い 「ケース五九五、草野 拓海(くさの たくみ)」 今、拓海は広い真っ白な部屋にいる。 部屋の真ん中にはガラスのテーブル、宙に浮いた古めかしいけれど綺麗な金色の鍵、足元には葡萄茶色のチョッキを着て眼鏡をかけ、大きな時計を持った白い兎。 ――どこかでみた気がする―― ピカピカに磨かれ曇り一つないガラスのテーブルに手をつき、夢を見ているような心持で周りをくるりと見回す。 部屋に扉は一つだけ、ガラスでできているが向こう側は見えない……曇りガラスではなさそうなのだが。そのガラスの壁に己の姿を映し見れば、ジャージの上着を腰に巻き半袖のシャツを着た動きやすさ重視の姿。流行よりも乾きやすさを優先させた平凡な髪型、日本の平均的な男性の身長は時々小さく思えて情けなくなる。 「草野拓海、無視しないで頂きたいね」 ――そうか、アリスだ―― 「草野拓海!」 「はい!」 足下の兎はパタパタと足を鳴らし、苛ついていることを隠さず睨み上げる。 膝あたりに耳の先端がくる、二本足で立ったほっそりした真っ白の兎だ。 それが時計をちらちら見つつ拓海を見ている。時計は兎の体の半分ぐらいはあり、一体何処にしまっているのだろうと不思議に思う。そんな暢気な拓海を他所に兎はぴょんぴょんとはね拓海の前に回り、こほんと一つ小さな咳払いをしてから言った。 「草野拓海、これからゲームの説明を執り行う。今後お前の命に関わる話だ、よーく頭に入れておくように」 「ゲーム?」 「そう、ゲームだ」 兎は小さな丸眼鏡をキラリと光らせた。 「お前はこのゲームで生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされることになる」 「なんで?」 「最後まで聞け。お前は実験台だ」 「なんの」 「……此処はお前の脳に直接送られた映像、我々は電脳空間と呼んでいる」 兎は質問を無視し、話を続けた。 電脳空間と呼ばれるこの場所は、今はただのスタート地点にすぎない。 この先アリスと共に幾多の試練を乗り越えゴールを目指すという単純明快なゲームだ。 実験台と呼ばれるプレイヤーはまず、アタッカー、ディフェンダー、マジシャンの三つのタイプから己の基礎能力を決め、それにあった能力を駆使しながら先へと進むことになる。 ゲームオーバー判定は、HP(ヒットポイント)がなくなる、各ゲームの条件を満たせない、アリスを奪われる。 武器や回復アイテムはフィールド内にランダムに出現するので、上手く使えば有利になるだろう。 スキルを使うとMP(メンタルポイント)が減少するが、しばらく動かずにいると三秒に一割づつ回復する。 「最後になったが、私はお前に割り振られた人工知能、タイマーだ。質問がある時は私に聞くと良い……これまでで質問はあるかね?」 タイマーにちろりと見上げられ、拓海は素直に思ったことを口にする。 「実験台って何、プレイヤーで良いじゃないか」 「あくまで実験台だ。主催者達の研究の為に無作為に選ばれた実験台。広く全世界から選ばれ、各国で研究を行っているというなかなか規模のでかい研究だそうだ」 「アリスってのは」 「アリスはお前の守るべき物、フィールド毎に形が変わる。それを奪われると現実のお前の体を維持する生命維持装置を停止することになる。しかし、見事守りきればゲームをクリアした者全員に一千万円を与えることになっている。アリスを他者から奪い増やせば、それだけ現実の体は安全度が増し、賞金は一千万円ずつプラスされる。現在のアリスは……その鍵だ」 アリスと呼ばれた鍵は首から下げられるように鎖がつけられている。 「キャンセルはできないのか? 俺そんなことやってられないんだって。仕事もあるし、つかこれは夢なんだよな?よく考えたら兎が喋るわけねーっつか、早く目を覚まさなきゃ時間遅れる!」 タイマーはふうと一つ溜息をつき、ガラスの机へと飛び乗り拓海と目線を合わせた。そしてじっと見つめながら諭すように言う。 「草野拓海、コレは現実だ。このゲームは確かに夢の世界のようなものだが、お前の体は現実にとある施設で電極をつけられて横たわっているんだ。そしておそらくはお前の職場には急病と言うことで研究員から連絡が入っている。さて、お前はと言うと、このゲームをクリアするまでは現実の世界には帰れないということになっている。帰る方法は二つ、ゲームをクリアするか、ゲームオーバーか……拒否権はない。そうだな……お前が誰か代わりの実験台を差し出すというのなら上に相談しに行ってやらないこともないが?」 拓海はふっと同僚や家族の顔を思い浮かべ、しかし拓海には家族や仲間を犠牲にして助かろうとは思えなかった。家族が犠牲になるなら自ら進んでゲームに参加する、それ以外に選択がないのなら……。 「ゴールは何処にある」 「それは私には答えられない」 「主催者は誰?」 「それもノーコメントだ」 「質問あったら聞けとかいいながら……」 呆れる拓海をじっと真っ直ぐに見、タイマーはきっぱりと宣言した。 「今言えることは、ゲームをクリアするしか現実世界に戻る手はない、ただそれだけだ」 拓海はあんぐりと口をあけ、小さいのに威圧感だけは馬鹿でかい兎を情けなく見返すしかできずにいる。 まだまだ質問したいことはあるが、今は考えが纏まらない。 「さて、お前はどのタイプを選ぶ」 アタッカー、ディフェンダー、マジシャン……。 マジシャンは遠距離でも攻撃できる為、HPが減る率は低いだろうが……攻撃力が低い分近距離にきた時に困る。 ディフェンダーはおそらく体力と防御力が高いのだろう、平均的な能力を求めるならこれだが……。 「アタッカーだ。近距離攻撃が得意なんだろう? 俺は仕事がある、ちまちまやってられないからね」 アタッカーになれば敵の撃破も早く、最低限の力で進んでいけるだろうと拓海は考える。時間をかければ安全に進む方法も探れるだろうが、早くクリアして現実に戻らないと体がどうなるかわかったものじゃない。生命維持装置とは言っているがどれほど信用できるものかもわからない。ただの点滴だけだった場合、いくら健康第一で生きてきた拓海でも長くはもたない。 「仕事か……アタッカーは攻撃スキルを中心に覚える。スキルは実験台の気質によって変わる」 「レベルでも上がんのかい?」 「上がる」 あら、とあっさりとした答えに拓海は肩透かしを食らった。 「これはネットワークゲームを模していると考えてくれたまえ。違うのはコンテニューができないところだがな」 「死ねばリアルも即死ってことか」 「そうだ」 随分と物騒なゲームだ。 しばらく考え込んだ拓海だったが、やがて悩んでも仕方がないとアリスへ手を伸ばした。手の中に納まったアリスは冷たく、これが現実のものではないとは思えないほど細かい彫りまで指先に伝わってくる。 「タイマー、お前は手伝ってくれないんだな」 「私はただのナビゲーションシステムだ。手伝えることは疑問に答えるのみ」 デスヨネーと投げやりに返事しつつ、扉へと進んだ。 「待て」 「今度は何、言い忘れ?」 「言い忘れではないが、渡し忘れだ」 拓海がタイマーに近寄ると、テーブルの上に二本のナイフとチョコレート一つが出てきた。 「どんなゲームでも初心者には優しかろう」 「王様からの支給品って奴ね」 アタッカーを選んだ拓海は、二本のナイフを同時に操る素早さ重視の実験台となったらしい。流石初心者用なだけあって現実でも売ってそうなサバイバルナイフだが、妙にしっくりと両手に馴染んだ。 「この世界の回復用品は菓子か……」 「他にもタルトやパイがあるぞ。MPは主に薬瓶やインクだ」 「あんまり飲みたくないな」 笑いながら拓海はアリスを使い始まりの扉を開く。 「楽観的なのは良いが、この世界をなめるなよ」 開け放った扉の向こうは、生け垣だった。 ![]() |